問診はする前から始まっている②
【Question 1 】では、子どもとお母さんの例をあげました。
今回は、夫婦編です。
そばを離れようとせず、気にかけている夫がいる、身体症状ではとても笑えないのにニコニコしている時点で、恐らくDVによる怪我が濃厚です。
なにかバラすのではないか?自分に不利な立場になるのではないか?と心配なのでしょう。自分は優しい夫であることを演じるか、本能でその時は無意識にいい人になっている人は多いです。
そして、気をつけなければいけないのはDVの被害者側のことです。一般の感覚であれば、暴力を受けるのは許しがたい屈辱です。
しかし、この優しく付き添われている瞬間のために、DVが必要な儀式になっている人がいます。
誰にやられたと聞いても、加害者も刺激してしまえば、被害者も刺激してしまうという特殊な状況が予測できます。
また、はじめてではない場合、すでにそのように聞かれて激高して他院に来た可能性もあります。できることなら、二度と悩むことがない相談場所になってくれることを願いたいものです。
時系列は嘘を巧妙につけても、症状の事実は打撲の色、どう打撲を受けたらどういう凹み方になるか、専門の医療機関で有ればすぐに察しが付きます。よって、本人の証言が食い違う場合、その差異の記録は需要になります。また同席であるなら尚更。
理系の人はピンとくるかもしれませんが、これは、数学の証明にも似ています。答えはわかっている、それをひとつひとつのパズルを説明していく作業と似ています。
また、その打撲がはじめてではない場合、いつもどうしているかを問えば、その後の経過を予測できます。
予測ができるとどうなのか?
そこではじめて隙が出ます。そこで懐に踏み込む準備をします。
たとえば、「いつも肋骨やると2週間で楽になるんです。」
「そうなんですね、早く呼吸が楽になるといいですね。肋骨のベルトはお持ちですか?」
「持ってるんですけど、ブラジャーが当たって痛くてすぐ外しちゃうんです。」
「この時期はワイヤー入ってないのとかお使いになる方もいらっしゃいますよ。汗もそっちに吸ってもらうから便利みたいですね。」
「あ、それならつけれるかな。でも、してると当たると痛いんだ。」
「少しあざのところみれますか?すれてたりすると痛いので、傷口があれば消毒しますね。化膿してしまってはいけないので。お洋服の下を拝見しますね。ご主人は待合室でお待ちください、お声かけます。」
さりげなく見えないところのフォローをすることで夫をを引き離し、
肋骨バンドの重なる位置のずらし方、傷の有無などの話とともに外堀から声をかけます。
「ここの肋骨ばかりいつも折れてしまうと痛いですね。転びやすいかたちしているところなのかな?ご主人付き添ってくれてよかったですね。そういえば、転んだときはそばにいらしたんですか?」
「ええ、ちょっと我慢すれば一緒にいてくれるから」
普通の話をしていると気を許してくれるタイミングがきます。そして、話の噛み合わない相槌が大抵入ります。
「お掃除とか頑張ってらっしゃるの?」
あえて本人の言わんとしていることから質問を外します。
質問が核心を得ない場合、人間は核心を話したくなるものだからです。
「あ、いや、その・・・殴られちゃうんです。でも、我慢した後は今日みたいに優しいから。すごく謝ってくれる。だから、私我慢するんだけど、気を失っちゃうんですよ。だめですね、全然私ダメ。だから、殴り続けられちゃう。」
「どれくらい殴られちゃうの?」
「30分かな、長いと1時間。」
今回の本題を展開するターンが来ました。
相手は依存しているひとなので、我々に依存しても状況は変わりません。
自分が内包しているものの状況を知ろうとするよう目線を変えます。
「私たちは、いつでもここにいます。私たちが引き離すのは簡単です。
でも、あなたが望まなければ、我々はなにもしてあげられません。あなたの優先順位が殴られたあとのやさしさにあるなら、また傷ついて戻られても我々も辛いんですよ。一時的に身体を動くように医療は手伝えます。でも、身体は元には戻らない。ゴムもビンビン引っ張ってると、どんどん伸びていって切れてしまうでしょう?それと一緒です。ある日戻らない場所が増えてしまう。私たちは残念だけど、あなたがそれを望むなら止めません。
これだけは覚えておいて?あなたは病院にきた。身体を治したいんですよね。身体に聞いてあげて、あなたの身体を大事に想ってあげられるのは、あなた自身しかいない。あなたが身体の気持ちに目を向けてあげないと、あなたの身体は我慢し続けます。
今日はこれ以上話を突っ込みません。またあなたが前に進みたいとき、私たちは力になりますよ。消毒は終わりですよ。ご主人のもとに戻りますか?」
彼女は急に立ち尽くしたまま声も出さず、涙だけこぼしていました。
「ごめんなさい…ごめんなさい…いま、わからない。でも、泣いてるとおかしいって言われる。傷が痛むので、休んでいると伝えてください。涙、とめたい。」
ご主人に消毒がしみたので、少し休んでいるので落ち着いたら声をかけます。引き続き待合室で待つように伝えました。
そして、涙を拭き終えた彼女は私を呼びました。
「いま、決められない。でも、ひとりで外に出るのを許されていません。
決められたときに、どこに電話したらいいですか?身体の声、考えたことがなかった。
次は、ここの病院に連れてきてもらえないと思います。いつも彼変えるから。」
市区町村のDV相談窓口があることを伝えました。必要があれば、今日の情報提供は惜しまない旨を伝えました。涙が止まり、ニコニコした彼女に戻りました。きっと笑うように言われているのでしょう。彼女は深々とお辞儀をして帰りました。
・・・
彼女はその後、来院することはなかったですが、数か月後、ご主人だけが来ました。
奥さんを大事にしていた、自分が殴ったんじゃないという診断書が必要だと言ってきました。以前に夫婦で来た時の階段で転んだという証明をして、その時付き添っていたと書いてほしいと。そして、奥さんは住所がわからず、探すことは国から禁じられていると言っていました。
彼女は、自分の身体の声を聞く努力に踏み出したのでしょう。
当然、ご主人の希望する診断書は現場を見ていないので、階段でころんだかはわからないが、傷や打撲痕であったことは書けると先生が伝えていました。打撲痕では困ると一点張りだったので、不可能だと診療で断りました。彼女に市区町村のDV相談窓口を教えたのは、カルテに残していました。スタッフは状況を把握していましたので、彼の目的が達成できるものではないと理解している状況での対応ですね。仮に書いたとしても、なんの役にも立たない書類を自費でもらうだけになりますが。
何はともあれ、その場では解決しませんでしたが、少しお話しする時間を設けたことで、
後々に解決できる方向づけのお手伝いができてよかったなと思ったケースです。
夫婦以外にも、付いてくるのが友人というケースもあります。DVの彼氏から引き離したいけど、本人に納得してもらえないとかいろいろ。
その時その時で、対応も提案も違うんですが、即決したり、直接切り込んでいくことが解決するのではないこともたくさんあります。
また、その場で解決することがいいことでもありません。親身に付き添ってる人が、本当に親身かどうかもわかりません。
すべてを疑うわけではないですが、淡々と状況を説明して、空気を読まないふりをすることも処置をしながら問診をすることにもつながります。親身になりすぎず、自律を促すことも本人の依存性に目をむけてもらうきっかけにもなったりします。
問診は、問診表をもらった時だけではなく、呼ぶ前、呼んだあともずっと観察が続くんですね。大変。バランスは、いつだって、その場の患者さんに育ててもらうものだなと思うのも、問診ですね。
自分の感情優先ではなく、相手の感情の波に流されることなく、常に俯瞰の目線をもって問診してもらえると、より最短距離で診療は方向づけていけるかと思います。