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固定とねんざ癖の治しどころ 移動教室篇

「女子からで。オレ男だから待てる。」
カッコいいところあるじゃん。君のが消毒も必要だけどね。

 

 

—–前回—–

 

「わかった。えらいじゃん。消毒必要だから、ひとまず動かないで待ってて。」
「おう、サッカーでケガよくしてるから全然平気。」
「おう、じゃあ、待っててくれ。で、女子。」
「あたし、そんなに歩けないかもよ。捻挫すると伸びきってるの、あたしの足。」

そんな老人の脚でもうダメだ、雪山だここはと言わんばかりに絶望取り巻いてる女子。確かに、いままで捻挫して放置することが多かったのか、力を抜くとどうも内側に向いてしまう足先。外側が以前からの長さの差があるような、安定の悪さがわかる感じ。今伸ばしたものではなさそう。それならば、今の捻挫はそんなに激しくないはず。歩かせることはできそうだ。

「いいから、貸して。固定すれば少し楽だから。」

筋肉は、繊維が伸びたり縮んだりの幅を一定に保っている。例えるなら、両手で両サイドから手の指をまっすぐスライドさせるようなものだ。重なって縮む時が暗く見えるから、筋肉は縞模様に見えることがある理由。

その繊維はそれぞれ束になっている。一部千切れるのが捻挫。半分くらい切れるのが肉離れ。全部切れてしまうくらいのが断裂。実は度合いを目安として分類分けをしている。手でも試してみるといい。一本離れたくらいじゃ、スライドする動きや捻っても、動きに不安定性はあまり感じない。でも、半分くらい外れたらどうだろう?だいぶばらけてしまうし、動きもギスギスしてしまう。全部ほどけたら当然スライドはできない。

それがわかれば、治すときはどうしたらいいのか?

寄せればいいのだ。体の筋肉の繊維というのは、先ほどの通り、伸びたり縮んだりする幅のなかで動いている。そして、たんぱく質などで補修され太くなっていく。運動しているときは、微細に切れて、補修をしているからムキムキになっていく。

しかし、運動の強度などが筋肉の太さに噛み合わず、寄せず動き続けたらどうか?

切れた筋繊維はくっつこうとする。それが正しい位置じゃなくても。伸びている端っこで固まってしまえば、伸び縮みする幅すらなくなる。つまり、伸び切ったように固まってしまう。これが、俗に言う捻挫癖の正体。
逆言うと、伸びきった筋肉は捻挫したときがチャンス。切れた時にちょっとでも寄せてしまえば、少し機能回復できることもある。だから、初期の固定は大事なのだ。

こんなことをラフにしゃべりながら、固定を外すなよと具体的に教える。難しいことは分からなくとも、メカニズムや目的がわかれば、子供たちは素直に守ってくれる率が高いので実に助かる。大人も捻くれずに守ってくれるだけで、私たちの仕事はずいぶんと減るんだけどね。

今は登山中。伸縮包帯では、緩すぎると繊維が動き痛むので、三角筋のような伸びない布を使って、痛みが出ないように固定。

「え、ほんとにがっちり固定!え、動かないの?」
「そうよ、楽だからって動き回らないでね。はい、立ってみて、歩いてみて。」

恐る恐る彼女は立ち上がり、ゆっくりと固定した左足を踏み出した。

「あ、ほんとだ、痛みあんまない!いつも歩けないから引きずるのに、なんで?!」

いつも引きずってたのか…だれも教えてあげなかったのね。それとも目的のない固定を今までされてたのか?ひとまず、おんぶはしなくて済みそうね。

「宿舎戻ったら緩い包帯に変えるから、帰るまでそれで我慢してね。」
「ずっとこれじゃダメなの?」
「今は歩いて帰れるようにした固定。宿舎でやるのは、早く治ってもらうための固定。覚えてもらうわよ〜、自分で使分けなくちゃね。ねんざ癖、減らそうよ。」

口をポカーンと開け、ぼそぼそ彼女はしゃべりだした。

「先生、ほんとに先生だった。わかりました。お願いします。」

ようやく敬語にしてくれたか。さて、次はジェントルマン男子の消毒。

「はい、お待たせ、君。」
「お、おう。しみるのはなしだぞ。」

やっぱりそこは小学生なんだなとほほえましくなりつつ、消毒する膝をみる。確かに血はでているが、深くはない。軽く泥はついているので、ひとまず手持ちのミネラルウォーターで流そうとしたら

「え?みず?消毒薬じゃないの?」
「泥には菌がいるでしょ。そいつが悪さするから、落とすの。菌がついてちゃ消毒薬も倒しきれないから、準備が大事ね。ものは使いよう。ものも有限なのよ、必要なタイミングで使うの。」
「へ、へえ・・・すげぇ。なんでも使えばいいのかと思った。」

膝の傷以外は捻挫している雰囲気はなかったので、ひとまず救急箱にあった大き目絆創膏を張る程度で、固定はせず終了。

「膝は曲がったりしながら動くから、宿舎もどったらガーゼに変えるわよ。君も保健室おいで。」
「ありがとうございました!!すげえ!オレ、保健室行きます!!」

ありがとうと言うなり、早速男子は走った。痛くないのか、滲むぞ絆創膏。

「おーい、看護師先生かっけーぞ!」

早速群れの男子たちと合流し、「おお、どうしたんだよ」「まじかよ」「すげーじゃん」と、わらわらやってくる男子。群れるの好きよね、元気よね。また遅くなるから、前に進んでくれと肩を落としそうになりかけると、一人の男子がショートカットの彼女に声をかけた。

「おまえ、俺の肩捕まれよ、歩きやすいだろ」

他の男子は、

「おまえ、でっけー絆創膏だな。」
「お前は走るな、血が滲むぞ。荷物俺半分持つわ。」

わあわあ言いながら、案外役に立つじゃん群れ男子と見直していると

「先生、リュック手伝おうか?おれ、包帯巻くのおしえてほしい。」「あ、ずりー!おれ消毒のほうな!」

単純に保健委員志望が増えただけだった・・・ジェントルマン男子が増えて得した気分だけどね。

「うん、教えてもいいけど、ケガした子たちから教わるといい。彼女らの復習を手伝ってあげて。さてさて、二人ともできるかな~?覚えてるかな?」

「できるよ!」

「おれも覚えてる!」

最初はどんな登山だ、世間は辛いと思ったけれど、なかなか幼いながらにジェントルマンが増えていい子たちね。一緒に興味をもって共有できる同士になれたらいいねとおねえさん思うわ。

ショートカット女子に、数人の取り巻き男子たちに囲まれ、数十メートル遅れて下山しました。先に到着した他の担任の先生たちに、「看護師先生、お供がすごい増えましたね」と声かけられ恥ずかしかったけど。男子たちが「いやぁ、保健委員として当然ですよ」と似非保健委員たちになり、声を揃えて答えていた。それを聞いた本物の保健委員の女子たちから、非難轟々に浴びせられていたのは言わずもがな。そして、固定や消毒をして頑張って歩いた二人は大人しくバスで寝ていました。疲れたよね、よく頑張ったわと微笑ましく私もバスで寝ました。

その後、保健室に着くなり、即座に元気にわーわーとケンカをしている二人をみて、ちびっ子の体力恐ろしいと思いました。

 

続く。