story

大人の世界もめんどうがいっぱい 移動教室篇

コンコン!ドアを叩く音がした。戻ってきてしまったか、おばさん!とヒヤッとして全員で振り向くと、トイレで怒鳴られてた男の子だった。安堵した。

 

「お前大変だったな!」
「え、みんな何してるの?ぼく、先生にお礼言いに来たんだ。」

やっぱりいい子たちだと思う。相手を心配して、助けてもらったらお礼を言いに来る。それを逆手に攻撃してくるのはやはり大人としてどうかと思う。

 

 

—–前回—–

 

 

その後の夕飯。大食堂で生徒も教員も一斉に同じものを食べる。もちろんおかわりも可能だが、小学生たちのメニューはなかなかボリュームがすごく、スパゲティ、ハンバーグ、グラタンにスープ、サラダ、フルーツと街中でコースか?と思うプレートにも関わらず彼らはおかわりにいく姿が見られる。だから元気に動き回れるのだろうなと遠い目をする。

その一方で、教員の食事するテーブルでちゃっかり例の保健の先生が隣の席を空けて私を待ち構えていた。粘着質だな、めんどくさいと思いながら隣に座った。すべて、そうなんですね〜、へぇ、大変ですね〜という聞いてるか聞いてないかで答えながら、食事中は静かに食べたいものですね〜と笑顔で返したので、少し黙ってくれた。好かれたいのか、粗を探したいのか、何にせよ、いいことなんて何もないからね。

看護師は一匹狼が多い。もちろん群れで動くこともチームとして必要だが、判断をしなければいけない局面が多い。これは自分で判断していいのか、悪いのかということも判断のひとつである。ゆえに、仕事中は判断しない時間があれば休めるくらいの気持ちで過ごすことが多い。黙っていられるのは、気が楽になるのは職業病だと思う。
安堵しているのも束の間、おかわりに立った群男子たちが遊びに来た。

「先生、おかわりしないの?俺とってこようか?」
「フルーツとかいかがっすか?」

チャレンジャーだな、私の隣に座ってるのは君らの苦手な保健の先生だと聞いていたけどと笑いがこぼれる。保健の先生が口を開くより早く

「気が利くね~。私は大丈夫だよ。君らで食べておいで。」
「いえいえ、また何かあったら言ってください、先生。」
「はあい、ありがとう。」

保健の先生の口がへの字になる。

「いい子たちですね、自分たちのことだけ考えるんじゃなくて、目上の人間にも配慮するなんてなかなか小学生とは思えないことしてくれようとしますね。」
「彼らが気を遣ってくれるようになったんですか、先生はすごいですね。」

ニコニコした眼鏡をかけ、パーカーを羽織ったおじさんが声をかけてきた。保健の先生がハッとしておじさんに声を発した。

「校長先生!」

気づかなかった。ひとまずあまり絡むこともないから、挨拶しているときもほかの先生と打ち合わせに捕まっていたから。言ってくれて助かった。

「いえいえ、元々いい子たちなんですよ。話しやすい雰囲気を察してくれているなら、私のスキルも良好ですかね。」
「ははは、面白い方ですね。大事ですよね。相手が委縮する様な状態では、いいところは伸ばせないですから、うちの保健室にきてほしいですよ。」

みえた。校長先生、保健の先生、嫌いなのね。いい突っ込み方法見つけたとばかりに話しかけてきたのか。

「こんないい子たちなら、いつ働いても笑いにあふれているでしょうね。うらやましいです。病院は悩みを抱えてくる患者さんが前提ですから、どう笑ってもらうかで治療の進み具合が変わってきます。保健の先生も同じことだと思いますが、いかがですか?」
「よくお分かりで!いやあ、怒鳴り声なんか聞こえたらね、やめていただきたくなるんですよ。笑い声がいいですね。」
「ほんとに。」

話を聞くのが辛くなったのか、保健の先生は青ざめて立ち上がったので

「あら、先生ごはん終わったんですか。ごちそうさまはみなさんでされないんですか?」

あえて引き留めた。校長がプッと笑っていた。保健の先生は慌てて座りだした。
その後、みんなでごちそうさまをし、食器を片付けに並んでいたところ、校長先生が寄ってきた。

「先生、先ほどは僕の言いたいことを察してフォローしてくださってありがとうございました。」
「いやぁ、なんのことだか。素直に感想と疑問をお返事しただけですよ。しかし、いろいろありますね。子供たちが過ごしやすいことが一番ですね。」

けらけらと笑われた。同意してしまうとグルのようになってしまうので、同意しないことも時には大事である。たまたま話が噛み合ってしまうのは構わないけれどね。それは医師と話す時と似ている。ツーカーだと、合致しない時に癇癪を起される面倒くささと言ったらたまらない。日ごろから少しピントはずらしておいて、噛み合う時を楽しむくらいのがアップダウンは起きにくい。ぶっちゃけ仕事が回って、患者さんに迷惑が掛からなければ何でもいいのだ。それが患者さんへの還元にもなるから。

「お若いけれど、よく心得た先生ですね。転職なさりたいときは僕を訪ねてください。お力になります。今回の移動教室は、子供たちをよろしくお願いしますよ。またいらしてくれることを僕は願ってます。」

いい校長先生だとおもうけど、気難しくもありそうだった。大人は大人で兼ね合いが難しいですね。

 

つづく。