story

人形を振り回す女の子 移動教室篇

「お若いけれど、よく心得た先生ですね。転職なさりたいときは僕を訪ねてください。お力になります。今回の移動教室は、子供たちをよろしくお願いしますよ。またいらしてくれることを僕は願ってます。」

いい校長先生だとおもうけど、気難しくもありそうだった。大人は大人で兼ね合いが難しいですね。

 

—–前回—–

 

 

画して、彼らの移動教室は最終日まで終わった。

しかし、その後、校長先生から依頼がきた。

なんでも友人が校長をやっているのだけれど、少しいじめが難航している。身体的なトラブルはないものの、保健の先生にも心を開いてもらえない。そこで、子どもたちが群がった私を思い出し、何もしなくていいから移動教室の間だけその子に付き添ってもらえないか?学校同行の看護師という体裁で。

ぶっちゃけた話、私は子どもが好きなわけでもなく、児童について詳しいわけでもない。ただの外来の普通の看護師でしかない。断ろうと思ったが、なんのご縁か、ちょうど自分の休みのタイミングに噛み合った。私も学生の頃インターの幼稚園に行っていたからかYes/Noはハッキリさせたいタイプだった。日本教育の小学校のように、誰か手をあげろよ的な控えめなスタンスと合わず、孤立していた過去がある。弟はずば抜けたIQを持つが故に、喋らないにも関わらず、大人たちから見透かされているようで苦手だと煙たがられていたことがあった。
もしそういう関係の子であれば、一般的な日本の先生には手に余るかもしれないと頭を過った。力になれるかはわからないが、いつもの仕事の範囲でよければ受けると引き受けた。

クラスは一学年4クラス。少子化を嘆かれる昨今の日本の学校としては、大人数。同行看護師が2人、施設看護師が1人という手厚い配置だった。いまどきリッチなものだなと驚いた。校長、教員、看護師の顔合わせミーティングがあった。何をおいても先に私の紹介が行われた。

「Aさんに付き添っていただくyuenさんです。子どもたちへの体裁は他の看護師さんと一緒ですが、イベントに出かける時は彼女にお願いしようと思ってますので、別行動が増えるかと思います。他の子たちのフォローをお願いします。あ、yuenさん、彼女人形手放さないんで、そのままで大丈夫です。」

前提で別行動多いってどういうことだ。人形がそんなにキーワードなのか?全く説明になってないけど、行けばわかるか、そんなに言うのならと思いながら宿舎に着いた。窓からの景色もいい一人部屋を用意されていた。なんでも、内線がついた部屋はここだとか。まあ、看護師ですからナースコールでナース呼びます、寝てる最中でもねってことだろうか?時間外は当然施設看護師に対応してもらうぞと思いつつ、荷解きをはじめた。

他の先生たちは大部屋、私だけ一人部屋。気を遣っているのやら、いっそ愚痴を聞きたくないとしているのやら、先程のミーティングの口ぶりでやなもん押し付けたから安心してくださいのように聞こえたが…まあいいか。一人には慣れているので個人的に大部屋で気を遣わなくていい分ありがたい。ベッドも悪くないしね〜とボスンとベッドに飛び乗り横になった瞬間だった。

「何してるのーーー!やめてーーーー!!!」

大人の女の金切り声が聞こえた。おいおい、子どもならわかるけど、大人が一緒になってなにをしているんだ…と呆れながらベッドから起きると同時に内線が鳴った。

「はい、yuenです。どうしました?」
「例のAちゃんが人形を抱いて笑っていたから、同室の子たちが面白がって2段ベッドから突き落とそうとしているところを先生が見つけて制止したそうです。102号室です、向かってください。」

内線、日中なのにもう使った。誰だよ、身体的なトラブルはないとか言ってた校長。激しくいじめやろうとしんじゃん。ぐったりした気持ちになりつつ102号室に行くと、突き落とそうとしていたのは女の子たちだった。

「人形落ちるっていうから、支えようとしたら押しちゃって怖かったですー。」
「Aちゃん助けようとBちゃんしてただけなんです。」

周りの女の子たちがクスクス笑っているのをみると、そういう体裁で言う準備した上でやっていたなというのがわかる。男子たちはまたかよ、めんどくさいというような顔をしている。どうにも今回がはじめてという感じではなく、日常茶飯事のようだ。
止めようとした先生はカッとなっているのか顔が耳まで真っ赤になり、口を押さえていた。子供たちに怒鳴るのを自分で制止しようとしている様子だった。叫んだ割には理性はあるようなので、こっちは放っておこう。まだまだ気持ちが若いな。割って入り、Aちゃんを突き落とそうとしていたBちゃんに近づき声をかけた。

「お人形落ちそうになったの?それで助けてあげようと思ったの?」
「おねえさん、誰?」
「移動教室で同行することになった看護師ですよ〜。はじめまして。」
「へぇ。はじめまして。そうだよ、助けようとしてたの。そこの真っ赤な顔した先生がみつけてくれて、助かったの。先生ありがとうございます。」
「やさしいね。お礼も言えて偉いね。2人は仲良いのかな?そもそも二段ベッドは2人で上がると怪我しちゃうことあるから、次からは登らないようにしてね。はしごもね、遊びたくなると思うけど、安全の為のものだから手を出しちゃダメだよ。もし無意識に突き落としでもしたら犯罪になったらあとあと怖いもんね。私もそうなったら悲しいし、もしおねえさん居合わせても、2人担ぎ込むのはできないな。わかったかな、一度しか言わないから覚えておいてね。」
「…は、はい。仲良しでもやめておきます。」

「わかってくれてよかった。さ、みんなのところにいきなさい。」

「はい…気を付けます」

通じたようだ。相当性格が悪そうだな。周りの子は意味がわかっていない様子で、突き落としかけた本人が群れ女子に辿り着くなり、群女子たちが口元を押さえて黙り込んだ。私が言ったことは、いじめっ子には通じる脅迫文だ。

『仲良しの事故だと勘違いしておいてあげよう。次の策も許さない。もし、私が見つけた場合は、容赦なく加害者として突き出す、お前は助けない。二度目はない。』

いじめの主犯格は、どうやれば自分はいい子を演じられるかを考えるものだ。たいてい、認めてもらえない葛藤を他のだれかで優位性を感じたようになりたいのが無意識の主訴だからだ。一方で、この話は取り巻きの子には通じない。なぜならば、取り巻きの子はその子に逆らうのが怖いか、ただ面白くて一緒になっているかという本質が違うからだ。シナリオを練る主犯格の子に対して、優しさを装って来られた場合、目的を果たせないから一旦引くしかないのだ。おそらくは、親から相手にされていないか、期待に見たらず居心地が悪いのか。だからと言っていじめを許せるかは別問題なので、黙ってもらおうと思ったのだ。

そのやりとりを見て、周りの教員が静かになった。恐らく、普段はここからが取り巻きの出番なのだろう。大丈夫〜?痛くない〜?とか仲良さそうなのを装って、大人が手を出しにくくしていたのだろう。それを私がいる場でやったらどう出るかという度胸はなかったのか、ショックが強すぎたのか彼女が制止したのであろう。「あの人、次は私たちを突き出す。近寄るな。」とでも言えば、普通の子たちなら身の毛がよだつだろう。彼女ら、今後考えてくるだろうな。

一方で当のAちゃんはというと、噂のトリッキーなことはせず、呆気にとられたように私をみていた。この子、頭いいんじゃないかな?そう思った。彼女と目が合うと、彼女は抱いてる人形に言った。

「怖かったね〜、そばいようね〜。」

そう言いながら人形をブンブン振っている。

 

つづく。