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ゲストの先生役、登山同行はヘビー。移動教室篇

深呼吸をしてみる。高い空に、遮るものは葉擦れがBGMのような背の高い樹木ばかり。澄んでいるけど心なしか、酸素が少し薄く硬い感じがするのは、山なんだな、都会のせわしなさから離れたんだなと実感できて心なしかスッキリする。

 

「ねえ、先生!先生さ~聞いてる?」

そう、このちびっ子たちの声が聞こえなければ、都会の喧騒から離れて自然に思う存分癒され現実逃避に浸れるのに。

「うん、どうしたの?」
「先生さ、病院で血とか見るの?!注射とかするの?」
「うん、みたりするよ、注射もするよ、看護師だもん。」

そう、私は普段病院で働いている正看護師。なんだったら整形外科なので、それこそ子供たちが血もみるのと想像してるような大手術はオペナースじゃないから見ないまでも、包丁が足に落ちたやら、転んで傷が開いてしまったような場合の縫合や骨折などがひっきりなしに来院する。
小学生たちの移動教室の付き添いの仕事の話が来た時に、ちょっとした傷の処置や包帯での固定は手伝えるだろうと引き受けた。
確かに山。当然歩く。小学生たちも普段見ない看護師を見つけて、病院の話を聞きたくてしょうがないのでしょう、キラキラ無邪気に質問三昧。そして、見た目に若く見える分、話しかけてみたくなるんだろうけど・・・

「先生、テレビの看護師みたいにチャラチャラした格好しないの?テレビの看護師、ミニスカだぞ!なんでズボンで来るんだよ。」

おっさんか。そして、どうした敬語は。なんだったらクレームか!

「先生、おっちょこちょいじゃないの?怖い先輩にいびられたりしないの?テレビですごい怒られてる奴いるじゃん!」

世の中テレビがすべてだと思ってるのか。テレビから飛び出してきたアニメの主人公だと思っているのか。ヒーローインダビューとはとても言えないような、なんだその人物像の押し付けの嵐。
君ら、これ低い山だとはいえ、そもそも移動教室でかつ登山中だってことすっかり忘れてるんじゃなないか?酸素足りなくなっても、私はおんぶしないからなと思いつつ答える。

「はいはい、白衣でもズボンですよ。おっちょこちょいなところはあるかもね~。怒られることもあるけど、もう教える側だから君らと一緒に一人できてるのよ~、察して~。」

「まじかよ~」「先生そんなに年なのかよ」「教えるなんてできるのかよ~」

好き放題、言いたい放題群がる男子たち。最近の小学生って、こんなに興味が旺盛でしたっけ?無関心が多いと聞いていたんですが、まあ、流すかなと思っていたところに

「男子は子どもね~。これだから、同い年とは付き合えないのよ。」

すでにめんどくさくなっていたのに、これ以上まだあるのかと前を見上げる。小柄ながら妙に落ち着き払ったショートカットで短パンニーハイの女の子が、前からUターンしながら歩み寄ってきては男子を一言で黙らせた。

「先生気にしなくていいよ。こいつら先生が可愛いもんだからちょっかい出して楽しんでるのよ。」

どこの往年の大女優が登場したんだとばかりのセリフ。遠い目しながら吐き気がしつつも

「はは、ありがとうね。」

適当に笑顔で相槌を打つ私は、大人だと思う。顔は若干歪んでそうだけど。

「いいんだ~、ガキばっかだと疲れちゃうよね」

ははは、小学校六年生に助けられる私ってもはやなんでしょうね~、と頭の上をテロップが流れていったことが容易に想像できる。メガネも歩きながらずり落としそうだわ。

「ちぇ、なんだ。つまんねーの。」

ははは、男子たちもなんですかね、漫画で出番もっていかれたような反応してますけど。現実は、小説より奇なりってこのことなのかしらと思ってるのも束の間。

「男子は早く前に行きなさいよ、先生進めなくて困ってるじゃないの!」
「うるせーな、おい行こうぜ!」

群れ男子たちはパーッと前の空間に走り去っていく。脱落しそうな子を拾うために一番最後に居たはずなのに、あの子たちが後ろの私に群れて歩み寄っていたおかげで、前の空間がポッカリ空いてたのね。当の私は走り去った男子たちに取り残され、ショートカット女子と二人になった。背中に自分のリュック、前に救急用のバックを下げていた。私は、荷物を少し持ち上げ、歩くピッチを上げ出した。すると、ショートカットの彼女が気付いて声をかけてきた。

「あー!先生やっと二人で話せるのに、早く行こうとしないでしょ!」

やっぱりか!男子を追いやって、なんだかませた女の子と二人のこの状況、もうめんどうな気配しかしない。帰りたい、思う存分そう思った。大概のケース、実は病気でね〜とか、好きな子いるんだ〜とかそんな話か?

「あのね、私先生くらいの年齢の人には話せるんだ〜」

今日会ったばかりですけどね、なんの内緒でせう?

「私ね、付き合ってる人いるの。もちろん同級生じゃないわよ、ガキじゃん」

ははは、小学校じゃ最高学年だとおもいますが、ダメでしたか。

「先生は20代いってても半ばでしょう?」

めんどうだから、それでいいです。もはや勝手に彼女の話はズンズン進む。もはやモノローグ。

「私の付き合ってる人のが少し子どもかな?」

そりゃそうじゃないと犯罪なんですけど・・・20歳は越えないでいただきたいです。

「大学生でね、今年ハタチなの」

・・・聞かなかったことにしたい。できることならば、私に話さなかったことにしてほしい。

「でも、こどもでさ、かわいいんだ。それなのに可愛いっていうと怒るんだよ〜」

小学生六年生に子供言われたら、もうその人もどうしていいかわからないと思うけど。もうすでにノロケに入られたんで、ぜひともネットで知り合ったとか言わないでほしい。と、そこへ私の顔を覗きながら

「先生青ざめてるけど大丈夫か?」
「ちょっとあんたいつからそこにいたのよ!!」

男子がいつの間にか前から駆け寄ってきていたようだ。声をかけたのにびっくりして、ショートカットの子が走り逃げる男子を追いかけていった。引き離してくれてありがとう。ちょっかい男子、グッジョブ。おねえさん、めちゃくちゃ助かった。なんだったら、耳塞ぎかけ過ぎて君が近寄ってきてたのに気づかなかったよ、ごめん。

「先生ともっと話したかったのにあんたわーーーー!!」
「先生困ってるだろー!お前また例の彼氏の話しに行ったんじゃないかと思って、先生助けに行ったんだよ!!!」

あ~周知なんですね~、子供の世界って寛容。そして、男子やさしいな、気遣ってくれたのか・・・その察しパターンがあるってことは、何度も同じことやってるなとどっと疲れが噴き出しながら苦笑いしたところで、走っていた二人が転んだ。
登山の最中に走ろうという君らが悪いけど、私も走る要因を見逃したのは反省する。あ〜無事に仕事せずに下山を目標にしてたのに。先生、まだまだ青かった、ごめん。

「痛ぇ、歩けるかな俺。あ、血出てる!」
「あたし捻挫癖あるのに、初日で捻挫する?!あんたのせいだからね、バカ男子!」

転びながらケンカ続行とか、若いってすごいよねと感心しながら声をかける。

「はい、ケンカもういいから、固定するわ。どっちからやる?」
「女子からで。オレ男だから待てる。」

カッコいいところあるじゃん。君のが消毒も必要だけどね。というところで続く。