story

怒鳴り続ける大人の弱点を突きに行く 移動教室篇

「なんでそんなことができないのーーーー!!!!」

呆れた顔をして顔を見合わせる二人。

「またかよ。」
「あきれる。」

子どもたちは何かを知っている様子。なにかが起きている。

 

 

—–前回—–

 

 

群れ男子たちも保健室に入ってきた。

「先生ごめん、匿って。」
「俺らもあのババアに目つけられてんだよ。」
「ひとまず入りなさい。なにが起きてるの?」

話を聞くと、保健の先生が男子トイレでひとりの男子について怒鳴っているという。いつも誰かを見つけては些細なことで自分が悪くても怒鳴りつけているようで、会いたくないと。怒鳴られたら、去るのをじっと待つのが彼らのルールになっているということだった。
なんだその癇癪持ち。弱者だと思うから、そんなことができるんだろうけど、信頼関係が気づけない人間が人を支える職業に就くのは少なくとも問題だ。群れ男子たちの諦めようが、結果を物語ってる。

「あと15分はやるぜ。あのババア。」
「ふーん。わかった、あなたたち、5分くらいここにいても大丈夫なの?」
「1時間はなんの予定もないよ。」
「わかった。5分経ったら言いに行くわ。そのあと、その2人連れて部屋に戻っちゃいなさい?私言いに行ったら保健室ついてくるだろうからね。」
「いや、先生やめたほうがいいって。」
「ありがとう。大丈夫よ。」

すぐに飛んで行っても構わないが、それでは一時凌ぎに過ぎなくなってしまう。5分は放っておいた。
トイレドア前で動かないその保健の先生とやらは、どうもトイレのサンダルがぐちゃぐちゃになってるのになぜ直さないんだと、トイレから出ようとしてる1人の男子に絡んでいるような怒鳴り声だった。
そもそもその彼が全部のサンダルを投げるはずもない。そんなの一緒に直そうかとか言えばいいだけ。それで怒鳴るならば発想が異常だ。てれてれと騒いでいるトイレに歩いき、シレっと声をかけた。

「声が聞こえましたが、どうしました?」

トイレの中の入り口で立ち尽くしていた男子はハッと顔をあげ、怒鳴っていた噂の保健の先生は私を見るなりニヤッとして話をはじめた。

「ああ、付き添いにいらした看護師さん。いやね、男子トイレのサンダルをぐちゃぐちゃにしたまま出ようとしたからね、指導していたんですよ。若い先生は口挟まない方がいいですよ。」

性格悪・・・若ければ文句言わないだろう的な女子の腐ったやつね。

「ああ、そうなんですね。保健室で処置していたんですけど、虐待でもしているのかしらとヒステリックな声が聞こえましてね。数分に渡って随分と長いなと思ったんですよ。医療関係者としてもその場合、社会的にも報告をしなければいけないのが国家資格でしてね。それでまさか、怒鳴ってらした理由は、それだけですか?」

保健のおばさん黙り込んだ。そう、この手の弱者にヒステリックを起こす女の場合、社会的とか資格とか強力なものを出すと、めっぽう弱い。エリクソンの発達段階、児童期の勤勉性VS劣等感をつついてやってに過ぎない。あんまりこの手のことは好きではないけれど、実によく効くので鼻持ちならない場合に活用せざるを得ない。

「あ、いえ、そんなに響いてましたか。お恥ずかしい。君、もう行きなさい、今度から気をつけなさい。」
「大丈夫よ、お部屋に戻って。あとで保健室にいらっしゃい。お話きかせてね。」

男子は涙目になりながら、私にペコっと頭を下げ、ようやくトイレから出れた。またあとで話を聞くと、敢えてこのおばさんの前で言ったことで、少なくとも私のいる間は彼を追いかけたりすることはしないだろう。彼がもし保健室に来たら、ひとまず捕まった時の逃げ方だけ教えようかなと思う。さて、このおばさんこのあとどうでるか。

「そうだ先生、保健室の物品はもう見られました?」
「いえ、まだ登山中にケガした子たちの処置に必要なもの以外は探してませんでしたから。」
「そうでしたか!先生は内科のお勤めですか~?大概みなさん内科の方多いですから。」
「ああ、以前内科にもいましたが、整形外科のが長いですね。」
「あら、整形外科なら私自慢したいものを仕入れておきましたのよ、ご覧ください。」

嬉々として保健室に案内されるものの、さて大層なものなんて見かけなかったけど…まあ、ひとまずついていってみるかと保健室に行くと、誇らしげに白枠とガラス薬品庫から例の金属片を取り出してきた。

「これご存じですか?」
「アルフェンスシーネですか?」
「ああ、ご存じですね!これがあれば足の骨折でも対応できますものね、私が入れろって学校に交渉したんですよ。みんなそういうところ気づかないですよね。」
「へえ、そうなんですね。他の太さはあるんですか?」
「え?ないですけど。」

ああ、宝の持ち腐れ。何を言いたいかというと、最初に保健室で見かけた通りどっかの医者が忘れていったのかと思った理由がある。棚にあったのは、サイズが一号。ぶっちゃけ指の特殊な状態にしか使えない細さのものだ。脚もどこを指しているのかわからないが、移動教室で起きるのは足首の捻挫程度だろう。それを考えてもお察しの通り、指と足首じゃ太さが明らかに足りない。ちょっと考えれば誰だって気づく。しかし、彼女は気づかなかったんだろう。そして、私は続けた。

「あ~指をケガする子が多かったんですかね。ちょっと足には使うところは心もとなさ過ぎて使うのを見たことないですね。どうやるんですか?」

真っ向から否定しておいた上に問うておいた。学校との交渉、ご苦労様。使いかた、調べてから交渉しようよ。そして、よく学校も買ったな、この人に話をするのが面倒だったのかな?

このパターンだと、内科の看護師が来た時、これ知らんだろうと絡む。整形外科の看護師はまだ来たことがなかったんだな?私の発言を聞いて、驚き、はははと笑いながらそそくさと保健のおばさんは部屋を出ていった。

ジャブのつもりが、プライドをボコボコにし過ぎたかなと反省がよぎったけれど、相手が舐めてかかるときは容赦なく打ちのめせとどこかで聞いた気がする。弱い者いじめで自分の劣等感を埋めようとする人だから、まあいいかな。彼女が出て行くのを確認したのか、ベッドの陰から子供たちが出てきた。

「やべー・・・」
「かっこいい・・・」
「先生、強くない?」
「あたし、惚れそう。」

呆れながら振り返り答えた。

「あなたたち、部屋に戻れっていっておいたでしょ。なんでいるのよ。」
「いや、出ようとしたけど、あいつ廊下の物音気づくから、出れなかったんだよ。」
「それでもって、保健室二人で戻ってくるから、な!みんなで慌てたよな!」
「うん!でも、先生のが勉強しててマジで先生だった!すげえ!」

コンコン!ドアを叩く音がした。戻ってきてしまったか、おばさん!とヒヤッとして全員で振り向くと、トイレで怒鳴られてた男の子だった。安堵した。

「お前大変だったな!」
「え、みんな何してるの?ぼく、先生にお礼言いに来たんだ。」

やっぱりいい子たちだと思う。相手を心配して、助けてもらったらお礼を言いに来る。それを逆手に攻撃してくるのはやはり大人としてどうかと思う。

 

 

つづく。